東日本大震災:飯舘唯一のコーヒー店、福島へ

morinobu20072011-05-08

東日本大震災:飯舘唯一のコーヒー店、福島へ 常連客、再開後押し /福島

 ◇励ましの電話、経営の夫婦「私たちだけの店ではない」
 福島第1原発の事故で「計画的避難区域」に指定された飯舘村で、村内唯一のコーヒー店「椏久里(あぐり)」が約35キロ離れた福島市に移転して営業を再開する。経営者夫婦は「もう店を続けられない」と休業したが、再開を期待する常連客の声に後押しされ、「村に戻るまで、店を閉めるわけにはいかない」と再開を決意した。【浅野翔太郎、小泉大士】
 店を経営するのは元村職員の市沢秀耕(しゅうこう)さん(57)と妻美由紀さん(52)。秀耕さんは村職員時代、村おこし事業を担当した。「こんな村で新しい商売なんてできねえ」という住民の声に、「私自身が挑戦してみよう」と職員を辞め、92年に開業した。
 「田舎でも他に負けない本物なら客は来る」。美由紀さんは焙煎(ばいせん)の技術を学ぶため東京のコーヒー店で1年間修業。いい豆を探し、夫婦で海外まで買い付けにも行った。香り高い味わいが評判を呼び、週末には首都圏からも客が訪れる店に成長した。村産業振興課の職員は「豊かな村づくりの先駆け的存在」と夫妻をたたえる。
 4月11日、政府は飯舘村を「計画的避難区域」に指定する方針を明らかにした。「当分、村に客は呼べない」。秀耕さんは閉店も覚悟し、4人いる従業員を解雇した。
 休業を知らせる張り紙を出して間もなく、「店の再開を期待しています」「別の場所でもいいから店を続けてほしい」という励ましの電話やメールが寄せられた。電話番を1人置かなければならないほどひっきりなしにかかってきたという。「私たちだけの店ではない」。市沢さん夫婦は再開に向け物件を探し始めた。
 5月初め、標高489メートルの飯舘村は桜が満開に咲き誇る。例年の大型連休なら、店の駐車場は観光に来た他県ナンバーの車で埋め尽くされる。しかし、今年は一台もない。秀耕さんは店の荷物を片付けながら静かに語った。「1カ月後に福島で再開する店は支店と名付けます。本店はここ飯舘のまま。この村に、絶対に戻るつもりですから」